皆さんこんにちは!
リサイクルショップ かたづけ屋の更新担当中西です♪
~高度経済成長と制度化~
再利用文化から近代化、そして戦後復興を経て、リサイクル業が産業として芽生えていく流れを見てきました。第2回では、さらに時代が進み、高度経済成長による大量生産・大量消費が社会を覆う中で、廃棄物問題が深刻化し、法制度や行政の枠組みが整うことで、リサイクル業が「社会インフラ」として確立していく歩みを整理していきます。
1. 高度経済成長が生んだ「豊かさ」と「ごみの急増」
1950年代後半から1970年代にかけて、日本は高度経済成長期に入りました。家庭には家電が普及し、生活は便利になり、消費は拡大します。企業も大量生産を行い、物流や包装技術が進化し、プラスチック製品が急速に普及しました。
しかし、豊かさの裏で急増したのが「ごみ」です。従来は修理しながら使っていた家電や家具が、買い替えで捨てられるようになります。紙や瓶の回収も追いつかず、都市部ではごみ処理が大きな社会課題として表面化しました。
産業側でも同様です。工場から出る廃油、汚泥、金属くず、廃プラスチック、建設現場から出るがれきや木くずなど、多種多様な産業廃棄物が増えました。これらは家庭ごみとは性質が違い、量も多く、処理には専門性が求められます。ここで、廃棄物を集め、分け、運び、適切に処理する業者の役割が急速に重要になっていきました。
2. 公害問題と「廃棄物」の危険性の認識
高度経済成長期には、公害問題が社会全体を揺るがしました。工場排水や大気汚染などが注目されがちですが、廃棄物の不適切な処理もまた大きな問題を生んでいました。
産業廃棄物が適切に管理されず、不法投棄や野焼きが行われると、土壌汚染や地下水汚染、ダイオキシンなどの有害物質の発生につながります。都市部でも、焼却施設や埋立地の不足が顕在化し、「捨てる場所がない」という現実が明らかになっていきました。
この時代は、「廃棄物はただの不要物ではなく、管理を誤れば社会を危険にさらす」という認識が強まった時期でもあります。つまり、廃棄物処理や再資源化は、単なる便利なサービスではなく、公衆衛生・環境保全の根幹に関わる業務として位置づけられ始めたのです。
3. 廃棄物処理法と業界の枠組み
廃棄物問題が深刻化する中で、日本では法制度によって処理のルールが整えられていきます。ここで非常に重要なのが、廃棄物の分類です。
この枠組みが明確化されることで、産業廃棄物の処理は「事業者の責任で適正に行うべきもの」とされ、収集運搬や中間処理、最終処分を担う業者には許可や基準が求められるようになります。
つまり、業界は「誰でもできる回収」から、「許可と管理が必要な専門業」へと変化しました。これはリサイクル業にとっても大きな意味を持ちます。単に集めるだけでなく、適正処理の証明、トレーサビリティ、帳票管理など、業務の質が問われる時代へ移行していったのです。
4. 分別・選別・中間処理の高度化
制度化が進むと、リサイクル業者の業務内容も高度化します。回収したものを「そのまま売る」だけではなく、品質を確保して資源として流通させる必要が出てきたからです。
たとえば金属スクラップでは、鉄・アルミ・銅などを分ける選別技術が重要になります。古紙では新聞紙、段ボール、雑誌などの分類が品質を左右します。瓶やペットボトルなどの容器類も、色分けや異物除去が必要です。
こうした工程を担うのが「中間処理」です。破砕、圧縮、洗浄、選別、減容などの技術が導入され、資源化の効率が向上します。同時に、施設投資や機械化が進み、リサイクル業はより設備産業としての側面を強めていきました。
5. 1990年代以降の循環型社会への加速
さらに時代が進み、1990年代以降になると、環境意識の高まりや資源制約の議論が進み、「循環型社会」という考え方が社会全体に浸透します。ここでは、リサイクル業が単なる処理業ではなく、資源循環の主役として期待されるようになっていきます。
この流れは、企業にとっても無関係ではありません。廃棄コストの増大、最終処分場の逼迫、環境対策の義務化などが進むと、廃棄物を「捨てる」よりも「資源として戻す」ほうが合理的になる場面が増えてきます。
つまり、リサイクル業は、環境対策を支えるだけでなく、企業活動のコスト管理や社会的信用にも関わる重要な存在へと変わっていったのです。